黄花・論

『食彩の王国』#230 からし

(2008/11/23 Sun)
からし−Wikipedia
前に母上とからしの原材料がさっぱりと思い当たらず、なんやかんやと調べまわっていたことがあったのですが(こういう時なぜかネットで調べるのが悔しい...orz)、この番組を見始めた途端「カラシナ?」ということを思い当たったのはどういうことかと。
そして番組の中でははっきりわからなかったんですが、和ガラシと洋ガラシ、要するにマスタードの味の違いはどうもカラシナの種類の違いによるようです。しかし粒マスタードって実を半分くらい残してすり潰した同じものだったんですね、黄色いカラシに粒のカラシを別に投入しているのかと思い込んでました、多分色がかなり違うせいかとw
実は昔、料理屋でバイトしてる時にカラシとワサビはたまに練っていたんですが、その時点でどっちも粉末だったんですよ。でもこれ、ワサビが手抜きだっただけで、日本のカラシはもともと粉末にして扱うものなんですね。ふーん、なんで粒のままじゃないのかな?
ひょっとして強い辛味を追求するためには潰したほうがいいのでしょうか。
欧州ではローマの時代から存在し、ビネガー(ワインの親戚の要するにお酢)と混ぜて使ったり、それこそワインに入れたりソースに使っていたりとしたようですが、日本では完全にワサビの親戚としてのえーと、香辛料とかスパイスの類。
日本にあるマスタードってわりと辛いような気もするのですが、その辺も意識の違いなのかなぁ、習慣というか西洋東洋でのカラシの位置づけからして違うんですね。

にしてもまあ、カラシを練って上に和紙を置き、そこに水と焼いた墨を入れ、雑味を吸わせるために一晩って相変わらず手間掛けてるなぁ。とにかく一つの方向に! というのは日本料理の方向性の一つなんでしょうか(雑味って辛味以外よね)(西洋と逆か)。




この記事へのトラックバックURL

http://rbyawa.fruitblog.net/tb/?4928e921760d0

この記事へのトラックバック一覧


名前 :
削除用パスワード :
URL :
コメント :
投稿用パスワード
←に出ている数字を入力してください。

*スパムコメント対策です。ご協力お願いします。
管理画面で使用しないように設定できます。
  このコメントを非公開にする

「サミットクラシー」船橋洋一

(2008/11/22 Sat)
1975年に二度の石油危機を乗り越えたあと(ベトナム戦争によって低下したアメリカの経済力の替わりとされ、日本を体制側に組み込む、という裏目標があったそうなのですが)、フランスとドイツ(当時は西独)の当時の首相によって提案され、イギリス、アメリカ、日本を呼び、のちにイタリア、カナダを加えてG7。
つい最近ロシアを加えてG8になりましたが(日本と同じ事情でしょうね)。
この本は1991年発行で、1990年のヒューストン開催までを収録、雑誌で掲載されていたものをまとめた形式。概ね初期の頃まで遡っています(>密林Com)。
タイトルの“サミットクラシー”というのはサミットを開催することによる影響、というような意味合いのようで、もともとお祭り騒ぎ、その会議自体にはあまり意味のない示威ではあるとされながら(そしてかなり事実でありながら)、その示威行為であるという部分の効果はかなりあるようで、止めようと本気で言い出す関係者はいないのだとか。

で、まあ、アジアの経済新興国であるNIESを敵対視したり、石油管理の国際機構であるOPECに正面切って牽制を掛けたり、G5の中でもさらに日本を省いた会議を開いたり(軍事問題の場合は一線を置きたい、という日本側の意思もあるようですが)、その時代時代によって果たす役割を次々と変化させながら、しかし「話し合い」の場としてはそれほど有効には作用してこなかったな、という事実もある模様です。
G7があることそのものの効果はあると思うけどね、と著者さんも。
もともと、サミットというのは単に「首脳会談」の意味で今は特に明言しない限りこの会議のことを指すのだと思うのですが、役立たずだ、という評価とともに案外と生き残っていくんでしょうか、なにか矛盾しているという気はしますがw




この記事へのトラックバックURL

http://rbyawa.fruitblog.net/tb/?4927f8c872605

この記事へのトラックバック一覧


名前 :
削除用パスワード :
URL :
コメント :
投稿用パスワード
←に出ている数字を入力してください。

*スパムコメント対策です。ご協力お願いします。
管理画面で使用しないように設定できます。
  このコメントを非公開にする

『The世界遺産』プリトヴィツェ湖群国立公園(クロアチア)

(2008/11/21 Fri)
プリトヴィチェ湖群国立公園−Wikipedia

「なんで水がこんな色してるの?」と言われると地上の場合はまず「石灰岩質が溶け込んでいるから」という答えになるわけですが案の定で(バクテリアの作用によるそうですよ)、それよりもまず旧ユーゴスラヴィアの地が番組のこんな段階で取り上げられたことにちょっとびっくりとしてしまったんですが。
よく考えたらもう10年近く経っているのか。そうなんだなぁ。
残念ながら私個人がユーゴ紛争のことをきちんと認知した時期が非常に遅いもので、なかなかその認識に至れませんでした。セルビア・ヘルツェゴビナ(元の新ユーゴ)の名前が出ていたのでそこなのかな、と思ったらクロアチアでしたか、番組の中では国境に近く、またそのために内戦に巻き込まれたよ、という紹介に留まっていたのですが。
ある意味でそれもまあ平等な態度なのかなぁ。
(さすがに世界遺産の認定そのものが内戦の理由だった時ばかりは一言言及してよ?! ということは思いましたが、調べるとすぐわかっちゃいますからねぇ;)
1979年に自然遺産として認定、1991年にクロアチアで内戦が始まり。
1992年に“危機遺産リスト”に、1998年に解除、10年の歳月が経った土地にはかつて破壊されたのだという痕跡は、テレビを通した目には見えなかったんですが。

ちゅーか、1978年が始めての世界遺産登録の年なのでその翌年、かなり早い時期から登録されていたんだなぁ。元は欧州全体の保養地だったという辺りかな。
正直、美しい土地だとは思いますが、珍しいかどうかは私にはわからないw




この記事へのトラックバックURL

http://rbyawa.fruitblog.net/tb/?492581ced66f3

この記事へのトラックバック一覧


名前 :
削除用パスワード :
URL :
コメント :
投稿用パスワード
←に出ている数字を入力してください。

*スパムコメント対策です。ご協力お願いします。
管理画面で使用しないように設定できます。
  このコメントを非公開にする

「英仏百年戦争」佐藤賢一

(2008/11/20 Thu)
イギリス側の“英雄”、黒太子エドワードは名前だけ。フランス側の“救世主”であるジャンヌ・ダルクはもちろん知ってはいたんですが、どうも民間で伝わっている話が有名になったのはずっとあとのナポレオンの時代なのだとか(>密林Com)。
んで、当のタイトルの「英仏百年戦争」にしてからが、やっぱりその概念が登場したのはずっとあと、ほとんど近代に近い頃、イギリス対フランス、と順序まで変わっているのですがもとはフランス人であった王家同士の、ある意味で内輪揉めに近い内容で。
「イギリス」という国はまだ影も形もなく、イングランドという一地方が近隣の地方を吸収し一つの国という体裁を整えたのすら、そのフランス人王家が成したこと、となるともう一体どことどこが戦っていたのかも判然としない状況。
筆者さんの出された結論から逆に辿ると、「むしろこの戦争によってイギリスという国と、フランスという国が誕生したのではないか」。戦争が始まった時点での二大勢力(とすら言えない状況が)が少しずつ周囲を巻き込み、戦争によって二つのまとまりに徐々になっていった、ということのようです(そして民衆出身のジャンヌさんはそれこそ、フランスという国を認知し始めた頃の人ではないのかな、とも)。
で、百年くらいあとのシェイクスピアの戯曲は、両王家の停戦条約で筆を置き、イングランドの優勢と演出。ずっと後の概念である“百年戦争”はその後、フランス側に救世主ジャンヌ・ダルクが出たところでフランスの勝利、としてその戦争を解釈したのだとか。

筆者さんはシェイクスピアは「現在」の教科書とは違いはするものの、はて、その百年の区切りってそもそも絶対かしら? という疑問を投げかけ。もしかしたらまた新しい概念がそろそろ登場してもいいのではないか、と本を締めているわけですよ。




この記事へのトラックバックURL

http://rbyawa.fruitblog.net/tb/?49256c69e045b

この記事へのトラックバック一覧


名前 :
削除用パスワード :
URL :
コメント :
投稿用パスワード
←に出ている数字を入力してください。

*スパムコメント対策です。ご協力お願いします。
管理画面で使用しないように設定できます。
  このコメントを非公開にする

『食彩の王国』#229 城下かれい

(2008/11/20 Thu)
城下かれい−Wikipedia

かつて江戸の将軍に献上されるために掛けられた金額が250両、現在の価値に換算すると一千万円、という桁がものすごいこと。お殿様の捨てた魚の半身が泳ぎだした、という伝説がある等々。とにかくまあ、高級魚なんだよ、というところまでは納得したんですが。
残念ながら「高級魚」というところ以上ビタ一文進まないのが正直なところです...orz
というか、かれいってそもそもそんな美味しいんですか、知らなんだ。
(真水と海水の混ざり合う、特別な地域で育った、とはありますが、そして産卵期等で痩せると味が落ち時期が限られ、ととにかく難しく希少な存在であることはわかるんですが、それが一体どんなふうな味なのかひたすら庶民には想像できないというw)

しかし、よくよく考えてみるとカレイってもとがわりと泥臭いというか、刺身にして食べるという発想からなかったんですが、それが刺身になるというと他にはない食感になるわけなのか(なんとなく歯応え良さそうですよね)。
んで、カレイが淡水で生きられない、ということになると汽水(と表現するみたいです)の地域以外には泥臭くならないということはないわけで。あー、なんとなくわかってきたような気もします、意外と書き出してみると見えてくるものがあるものなんだなぁ。
そしてちょっと餌も地域独特で肉厚になる、とありますが、地域で放流をしているものの減少が下げ止まらず、考え出された方法が養殖、とのこと。そっか、この条件だとお金掛ければ再現は不可能じゃないよなぁ(水の状態、餌の内容ですし)。
高級魚としての伝統を守って欲しいものです、あ、お祭り行ってみたいなー。




この記事へのトラックバックURL

http://rbyawa.fruitblog.net/tb/?492432521894b

この記事へのトラックバック一覧


名前 :
削除用パスワード :
URL :
コメント :
投稿用パスワード
←に出ている数字を入力してください。

*スパムコメント対策です。ご協力お願いします。
管理画面で使用しないように設定できます。
  このコメントを非公開にする

『爆問学問』#43 宮田亮平(芸術学)・前編

(2008/11/18 Tue)
“アートのハート 〜芸術は爆発、か?〜”、私みたいなどっちかというと頭でっかちなタイプの人間(多数派ではないとは思うんだけど、結構いるとも思うんだよね)にとって「芸術」というのは要するに、人間の思考回路を具現化したものであろう、ということを思い込んでいるのではないかと思いますもので。
鉄を熱して熱いうちに捻ると確かに面白い模様になるな、と頭で理解は出来ても。
それが芸術だ、と紹介されると小首を傾げる、だってそれはあくまで自然界の反応であって人間の作り出したものではない、飾ってあること自体に違和感があるわけではないんですが、どうしても単にオブジェじゃないか、というふうに思えてならない。
で、それが恥ずかしい思い込みかというとそんなこともないとも思うんですが。
だってわかんないものは仕方ない、今、これを打ちながら薄ぼんやりと考えたのは、その反応や模様や形を「面白い」と思うこと自体も人間の思考の所産なのかな、ということなのですが、いずれにしろ露骨に左脳(デジタル担当)の理解です、すみません。

なので太田さんはそれを口に出して言っちまえば良かったんじゃないかと思います(決め付け)。学長さんの作品≪鵺≫とかも正直意味わかりません、ぶっちゃけてただ奇を衒っただけじゃないの?!
まあ、必ずしもそのままではないかもしれませんが、なんらか納得しないものを抱えていたのは見ていればなんとなく伝わってきますもので。
で、口に出して言ったのが今現在、これらの作品って居所があるの? というかなりストレートと言えばストレートな問い。そして芸大の人気絶大の学長さんの反撃は「君の言葉ってピュアじゃないよね」というもので、ははははw 波乱を含んで後編に続くのです。




この記事へのトラックバックURL

http://rbyawa.fruitblog.net/tb/?4922d4b369231

この記事へのトラックバック一覧


名前 :
削除用パスワード :
URL :
コメント :
投稿用パスワード
←に出ている数字を入力してください。

*スパムコメント対策です。ご協力お願いします。
管理画面で使用しないように設定できます。
  このコメントを非公開にする

ぐろーばる・ぴーす・ふぇすてぃばる。

(2008/11/15 Sat)
に、妹に誘われて行ってきたんですが、個人的には結構面白かったです。
ものすごく大雑把に言うと、宗教や国や民族を越えてのNPO団体の集合らしいんですが、正直、どこの団体が中核になっているかとかそういうのはわかりません。
(でも少なくとも、アフリカの内戦中の国で7万人の平和イベントをやったことが周囲に大きな影響を及ぼした、というのはさすがに誇張表現ではないよな。)
ちゅーか、どっちも日本のNGOの団体のはずなのに、国内で活動している人らより国外で活動してる人らのほうが全体的に面白かったのはなんでかなぁ(でも千葉の団体は国内外含めても突出してると思うw)(独自の戦隊とか持ってるっす)。
展示内容を読めばわかる問題を提出、正解するとバッチかお菓子ってとこいいよね。
ちゅーか、開く国と開かない国に結構差があるっちゅーか。
2008年が19箇所で、ざっくり書くとパラグアイ/米/コンゴ民主共和国/ケニア/モンゴル/加/マレーシア/韓/モルドバ/日/英/ベリーズ/レバノン/ソロモン諸島/ブラジル/グルジア/フィリピン/イスラエル/米。
ある程度、国際ニュースに興味があると「あれ?」という国がいくつかあるかと。
資金集めと一定の効果のため、とか考えちゃっていいんでしょうか?
それでも何箇所かわかりにくいところあるし、資金集めには有効そうなところもいくつか抜けてるし、やっぱり団体自体の特徴も出てるってことかなぁ。いや、毎年開催国が変わっていくということもありうるか。

ところでイスラエルの大会を“エルサレム”で開くって突っ込んでいいのか。
イスラエルのあとがアメリカってのも恣意的なのかしらw




この記事へのトラックバックURL

http://rbyawa.fruitblog.net/tb/?491ed06d5207c

この記事へのトラックバック一覧


名前 :
削除用パスワード :
URL :
コメント :
投稿用パスワード
←に出ている数字を入力してください。

*スパムコメント対策です。ご協力お願いします。
管理画面で使用しないように設定できます。
  このコメントを非公開にする

「南イタリアへ! 地中海都市と文化の旅」陣内秀信

(2008/11/14 Fri)
悪くないスポットの当たりにくい南イタリアの各都市のいい本とのことなのですが、やっぱり南もイタリアは文化遺産多すぎてパンクしてる気もw(>密林Com
いやいやもちろん、とても素晴らしいことだと思うんですが、なんでこんなに多いのかなぁ、つーか、他の国だとだいたい最盛期の権力者の残したものが主なんですが、庶民から富豪から政治家から、いろんな階級の人たちがいろんなもの残してるよなあ。
もともとイスラム圏の研究をなさっていた人なのだそうで、だからか、過去のイスラムの名残りを見つけるとくふくふと喜んでらしてなんだか可愛いかも。ただ、結構な歳月が流れてるはずですしこの地に同居していた当時はともかく、それほど友好的な分かれ方もしていないようなのにちゃんと残ってるのが不思議だなぁ(周辺国の事情ですね)。
媒体によってはイスラムの影響と触れてない場合もあったりするんですが、それも特に悪意ってんじゃなくて知らないだけって気もするかなぁ。

なんというのか昔、少しずつ衰退したためにバームクーヘンのように歴史が階層にように残った土地を見たことがあるんですが(フランスの一地方です)、それとはまた違って、生活のすぐ傍らで物が生き残ってきた印象が。
それぞれの都市に違った変遷と、正直ちょっと奇抜なアイディアでもって作られたものなども存在しているんですが、なんというのかなぁ、センスの良さ? 人や生活を忘れ去らない妥当な中に留まっている印象があります。なにがそうさせるんだろう。
中でマテーラという、もとは貧しい人たちが暮らしていた洞窟住宅があるのですが、また暮らそうとしている人たちはそこを自然に美しい場所に変えていくのですが。
北イタリアと比べ経済格差が、マフィアが、と言われますが不幸には見えないなぁ。




この記事へのトラックバックURL

http://rbyawa.fruitblog.net/tb/?491d6b60acd3d

この記事へのトラックバック一覧


名前 :
削除用パスワード :
URL :
コメント :
投稿用パスワード
←に出ている数字を入力してください。

*スパムコメント対策です。ご協力お願いします。
管理画面で使用しないように設定できます。
  このコメントを非公開にする

『The世界遺産』ナスカの地上絵(ペルー)

(2008/11/12 Wed)
ナスカの地上絵−Wikipedia

うーん、正直なところ上空、完全な“上の目”を意識した遺跡って他に知らないというか、「日本にも確かあったんじゃない?」と母上が言われたんですが(飛鳥にあるらしいです)、せいぜいトーテム信仰とか極端に大きなエジプトの遺跡くらい? エジプトその他にあるトーテム信仰はちょっと手を付けたことあるんですが挫折しました、難しいw
で、地上絵のラインがが人が通れるくらい、そして一筆書き。わりと単純で複雑な道具が必要だった、というところまでは納得したんですが、その目的となると、うーん、というか、それがありえないとは言わないんですが、他に例がない以上、これだけの説明で釈然としろって言われてもなぁ。
そして“地上絵”と時代を異にするという(そして後に描かれた、というところまでは信用しています)直線なんですが、あれ、正直絵を無造作に分断してませんか?
神の目、天空を意識していたにしろそうでないにしろ、あれだけの技術があるのならもう少し元の図柄を損なわないでも済んだ気がするんだよなぁ。そして地上絵と同じくらいの頃にすでに作られていた、という水路(バクテリアで判明するんですね、すごーい)(石造りのものって時代の同定が無理だと思ってました)との関係も語られてはいたものの。

なんちゅーかやっぱり、ちょっとずつ足りないな、というか、地上絵と同じ図柄の器を巡礼の道(後世に付け加えられた直線のことだそうです)をやって来て、そこでぱりん、と割って祈りを捧げる、という説明もされていたんですが。。。うーん。
1994年、文化遺産として登録、まだまだ研究はされるだろうなぁw




この記事へのトラックバックURL

http://rbyawa.fruitblog.net/tb/?491aa44876f92

この記事へのトラックバック一覧


名前 :
削除用パスワード :
URL :
コメント :
投稿用パスワード
←に出ている数字を入力してください。

*スパムコメント対策です。ご協力お願いします。
管理画面で使用しないように設定できます。
  このコメントを非公開にする
Copyright© 2004 iBRIDGE Corporation All Rights Reserved.
<PR>  ペット 年会費無料 Webマーケティング カード比較